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個別記事の管理2012-08-06 (Mon)
一昨日(土曜日)の夕方は、夫くんに送ってもらい静岡へ。
わたしのだいすきだった先生(享年72歳)のお通夜でした。



先生との出逢いは高1。 わたし達のクラスの国語担当でした。
見た目が強烈で、仙人みたいでね・笑。 顔が超怖いの!
耳から上がつるっつるで、耳から下に髪の毛が生えているという
独特なヘアスタイルもあってか、とにかく初対面から皆絶句・笑。

おまけにはじめの授業で、これからの高校生活に意気込むわたし達に
「お前達は、教科書の内容しかできない可哀相な奴らだ!」
と、挑戦的な笑みできっぱりと言い放たれたのも印象的だったな。
いきなりだったし、これが進学校の教師?! と、びっくりしたな。

授業の内容は、とてもハイレベルで、進め方もある意味独特で。
わたしからしたら〝かかわりたくない頑固じーさん”(コラ)。
厄介者っぽい感じだし、怖そうだから、近寄りたくないひとでした。
それなのに、夏くらいには嘘みたいに仲良しになっていました。

きっかけは、ある日の授業でのプチ事件。 宿題があったんだけど、
わたしはうっかりそれをやるのを忘れていたんですよね・汗。
「周囲と比較検討して御覧なさい」(←口癖だったな)と言われ、
みんな近くのひととノート見比べて話し合って、先生は巡回して。

わたしも友達と丸くなっていたら、先生が横を通りそうだったので
一応見られたらヤバいわと、宿題やってないノートを軽く腕で隠して
しっかり話し合いに参加してますよーーーと涼しい態度とってて。
そしたら、先生がいきなりわたしの腕をひょいっとどけて来て、
ノートとりあげてページをめくり出し、わたし唖然\(◎o◎)/!
やばい、宿題やってないのバレた&怒鳴られるかも! とびびって
咄嗟にわたしが発していた言葉は、「先生、さっすがー!」・笑。

今思えば、かなり思い切ったことを言ったもんだと思うんだけど、
これに先生が呆れたのか、怒られずに「当たり前だ!」と笑われて
そのままわたしは「えっへへ」とお調子者キャラを演じて、
それがきっかけで打ち解けて、一気に仲良くなれたという・懐。

もともと国語はすきな教科だったし、先生と仲良くなったのもあって
それからもっと頑張るようになって、当時唯一の得意科目に。
エリート校ですっかり落ちこぼれなダメ生徒のわたしだったけど、
国語だけは毎回テスト頑張って、学年の上位者表にも載ってたな。
というかむしろ、先生にただ褒められたくて、毎回頑張ってた。

貼り出される日、掲示板に名前を見つけては「先生載った!」と
喜んで言うと、「うむ」と毎回ただ頷いてくれた先生。
逆に載らないときは「ダメだな、あーあ」といじめてくるの。
多分、負けず嫌いなわたしの性格を見抜いていたんだろうなあ・笑。

高2で担当じゃなくなってしまったけれど、相変わらず仲良しで。
旅行に行く度に、わたしにお守りやらお土産を買って来てくれて、
廊下で逢うと「後で準備室に来なさい」と言われ、休み時間に行くと
旅行のお土産話と一緒に、お土産をくれたりしていたものでした。
ちょっとした特別扱いみたいなものが、とてもうれしかったの。

高2の終わり、定年を迎えて退職されていったのだけれど、
学校側から講師として残って欲しいと言われたのに、断って。
それがすごく淋しくて、何度も説得しようとしたんだけれど
残りの人生は自由に過ごすんだと言われたら、それ以上言えずに
退任式の日はすごく泣いたなあ。 一緒に写真も撮ってもらって、
その日も泣くわたしを笑いながら、最後に記念品もくれてお別れ。

宅浪して大学に合格したとき、電話で報告して褒めてもらったな。
もともと連絡不精な性質なので、それ以降連絡できずにいたけれど
3年くらい前、卒業6年目の会で再会して少しおしゃべりして。
その頃、大学休学中で真っ暗闇の中にいたわたしだったから、
この先答えが出たら胸張って連絡する! と、こころに決めたのに。
結局、それが先生と触れ合う最後になってしまった。

7月30日に先生が生涯を終えたことを知って、哀しさがこみあげて
ぼろぼろ泣きながら、すごくすごく後悔した。
もっと話したいこといっぱいあったし、もっと逢いたかったのに、
先生はいなくなってしまったんだと思ったら、悔しかった。



結婚もせず子どももいなかった先生、喪主はお姉さんでした。
お通夜は葬儀の式場で行われ、こじんまりとしていたのだけれど
38年もの先生の教師生活を改めて偉大に思えるくらいに、
年齢様々の卒業生の方々が、わたしみたいに来ていました。
お坊さんも卒業生らしく、あたたかい話をしてくれたな。

会場の外のボードの、子どもの頃の先生はすごく可愛かった。
生まれも育ちも東京なのに、強い願望で静岡に就職したそう。
わたし達に出逢うまで、3つの高校を経たんだそうで
ものすごく沢山のひとを育てたんだろうな、と改めて尊敬。
そして、遺影の先生は、こざっぱりして少し格好良かった。

焼香を終え、最後に先生のお体に挨拶することができたのだけど
久しぶりに見た先生は、お化粧されて人形みたいなお肌で
それがものすごく哀しくて、やっぱり泣いてしまった。
病気だったそうなのだけど、やつれたとか老けたとかいう感じは
あまりしなくて。 ただ、髪を剃られた姿がすごく淋しくて、
改めて「ああ、死んでしまったんだ」と強く思わされた。



「お前は一番弟子だ」と言ってくれた先生、逢えて良かった。
本当にありがとうございました、すごく大きなひとでした。
思い出全て、絶対にこぼさないようにいつかそちらへ持っていくから
そのとき再会できたら、ひとつひとつ一緒にひも解けたら。
これからも先生を誇りに思うし、ずっとずっとだいすきです。

わたしは、生きていかなくては。 残りどれくらいだろう。
ダメだし迷うし間違うし、だけれど恥じないように。
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